「飛騨へはゆるゆるとゆくことにする…」
飛騨古川は、司馬遼太郎の『街道をゆく』の「飛騨紀行」にも記されている場所です。

「飛騨の匠」という言葉はよく耳にしていましたが、奈良時代に制定された木工技術者を都に派遣する「全国唯一」の
制度だったことを知りました。
山ばかりで物資が少なく、都へ税(租・庸・調)を納めることが難しかったため、米の代わりに大工技術者を都へ送るという
「飛騨工(ひだのたくみ)制度」が作られ、薬師寺・法隆寺・東大寺などの神社仏閣の建立に関わり、平城京・平安京の造営にも
貢献し、並はずれた腕を誇るその木工集団は、「飛騨の匠」と称賛されました。
飛騨古川の町屋の多くは、その「飛騨の匠」の技を今に受け継ぐ地元大工の伝統的工法によって建造されています。

司馬遼太郎は、「古川町の町並みには、みごとなほど、気品と古格がある」と記していますが、飛騨古川には、「相場くずし」を
嫌う住民気質があり、それは、周りとの調和を乱すことを言います。

家の軒下の彫刻装飾『雲』、出窓、出格子、土壁、また寺や屋台蔵より高い建物を建てないなど、統一感があり美しい町並みを
町の住民が美意識を持って作っているのだそうです。

この町の美しさには、目に言えない凛としたプライドがあるのでしょう。
また、飛騨古川には、300年以上の歴史を持つ「蒲酒造場」と明治創業の「渡邉酒造店」という、国の登録有形文化財に
指定されている歴史的な酒蔵がありました。

蒲酒造場は、創業は宝永元年、300年の歴史をもつ老舗。

第5代将軍徳川綱吉が世を治めていた宝永元年(1704年)に初代・蒲登安によって創業されました。
以来、300年もの長い間、「利は貪るべからず頂くべし」という家訓を守りながら、飛騨古川の地で酒造りを実直に続けています。
蒲酒造場の顔ともいえる代表銘柄は、その名を万葉集からとった「白真弓」

また、「渡邉酒造店」は、渡邉家の5代目久右衛門章が生糸の商いで京都に旅した際、口にした酒の旨さが忘れられず、
自ら酒造りをすることを決心し、飛騨の地に酒造を構えました。
出来あがった酒を愛でる宴で謡われた謡曲「鶴亀」の一節から「蓬莱」が銘柄として作られるようになりました。

渡辺酒造店前にある杜氏の像

「蓬莱・酒のうたげ」と題した石彫像。夫婦で一対となっています。

また、飛騨古川と言えば、200年以上も伝わる伝統行事「三寺まいり」。浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の御遺徳を偲んで、
町内の3つのお寺、円光寺・真宗寺・本光寺に人々が詣でたことが「三寺まいり」の始まりと言われています。

浄土真宗、西本願寺派のお寺。「円光寺」。「三寺まいり」の時に巡拝する3つのお寺の一つ。
円光寺の山門は、その昔この地を治めた金森氏が築城した増島城の城門を移築したものだと言われています。
円光寺の山門は、その昔この地を治めた金森氏が築城した増島城の城門を移築したものだと言われています。


三寺まいりでは、親鸞聖人の遺徳を偲び「大和ろうそく」を灯しお参りする、200年以上続く伝統行事。大和ろうそくは、
高さ70cm、直径25cm、重さ14kgです。
高さ70cm、直径25cm、重さ14kgです。

円光寺本堂の軒下にある「水呼びの亀」。この亀は、1904年(明治37年)の古川大火の際に円光寺が延焼を免れたことから、火災除けの守り神として地元で信じられています。
三寺まいりに奉納されるろうそくを作っているのが、240年以上続く老舗「三嶋和ろうそく店」。

すべて手作りで製造されています。

伝統ある店で、外のヘチマさえ美しく思えます。

違和感のない景観の中にも、それぞれの個性豊かです。老舗のお店だけでなく、喫茶店やギャラリー、雑貨店など、
素敵なお店も多く、町を歩いていても飽きません。


「花と雑貨の店 いたばし」古川の町並みにも馴染んでいます。


薬草カフェ「蕪水亭OHAKO(ぶすいていおはこ)」は、今度ゆっくり入りたいお店。

後藤酒店は、飛騨古川の地酒が全て揃っています。

手織り由布衣工房は、染めや織りなど、1枚の布が出来上がるまでをすべて行っている手織り工房です。

日根野美術館&Cafe。
飛騨古川の町家を活用した小さな美術館で、建物は伝統的な書院造り。カフェが併設されています。

古川祭のまつり屋台が収められている「屋台蔵」が、飛騨古川の市街地に10か所あります。

観光スポットへの道順を確認できるように、地面に設置されています。

飛騨の匠文化館前にある槙柏は樹齢800年。大きく2つに裂けた形は、雷によるものらしい。

飛騨古川まつり会館の正面に戻ってきました。
田舎であっても素朴な感じではなく、品がある。またゆっくりと来たいと思いました。

帰りの車窓から見える景色は、夕陽に照らされて、一際綺麗でした。
父も感動した様子で、ただ残念だったのが写真を撮り忘れたこと。
悔やんでいると、父に「頭の中に忘れないように留めておけばいい」と言われました。
そんなことを言われたことが意外で、おかしかったけれど、どうか忘れず、父の
記憶に留めていて欲しいと願いました。